今回の記事では、エンジェルナンバー358について、私の体験や感じたことをお伝えしたいと思います。
過去の記事でも書いたのですが、私はある時期から、エンジェルナンバー358を頻繁に見るようになりました。
(過去の記事はこちら:ツインレイ サイレント期間中に見たエンジェルナンバー体験談)
主に車のナンバーで見ていたのですが、その頃の私はツインレイとのサイレント期間の真っ最中で、次のステップとして、使命や今後のお仕事のことをよく考える時期にいました。
エンジェルナンバー358の意味を調べてみると、複数のサイトで、天職に関する記述がありました。
そのことを天使が私に伝えたがっていた側面もありますが、さらにその後、また意味が気になって358について調べたところ、
この358は、お釈迦様が悟りを開いた年齢と深い関係があることがわかってきました。
お釈迦様が悟ったのが35歳8か月の頃だと言われているそうで、この358というナンバーは、車のナンバーで大変人気なのだということを、複数のネット記事を見て知りました。
驚いたのは、後から考えると、
ちょうど私自身、35歳と半年を過ぎたあたりから、このナンバーをたびたび見るようになったことでした。
車のナンバーをエンジェルナンバーとして見る習慣は、もう、うんと前からあったのに、最近になってはじめて358が気になるようになったのは、やっぱり意味があるんだろうなぁと思っています。
そして、お釈迦様とのご縁。
私はずっとスピリチュアルな愛について、様々なことを学んできたつもりなのですが、お釈迦様の悟った時期と深い繋がりのある数字だと知ったことで、
「お釈迦様でさえ悟るのに35年8か月もかかったんだから、私が今の年齢で未熟なのは当たり前のことだ」
と、自分の未熟さを俯瞰して見られるようになったような気がします。
最近は、「もっと軽やかに」「遠回りをしなくてもいい」といったメッセージを見かけることも、とても増えたように感じます。
もちろん、わざわざ遠回りをする必要はないし、すぐに成功したってかまわない。王道のやり方やセオリーにこだわる必要はない。
それも、大切な教えだと思います。
一方で、私は少し違和感も感じています。時間をかけて育てなければダメになってしまうものごとも、いくらAIの時代になったり、科学技術が発展したりしても、存在し続けるものだと思います。
時間をかけて取り組むことを軽んじる傾向が、正直なところ、私は好きではありません。
このエンジェルナンバーは、私のそんな気持ちを、代弁してくれたのかもしれません。
お釈迦様でさえ、10代や20代のうちには悟っていない。
30代になるまで様々なことを学んだり苦しんだりして、何か新たな境地に行きつかれたんだと思うと、やはり時間をかけて一歩ずつ進むことが、今の私には合っているんじゃないかとさえ思います。
焦らなくてもいい。
何かを深く育てるには、やっぱり、ある程度の時間が必要なのかもしれません。
358という数字を見るたびに、私はそんなことを思い出します。

