今回の記事では、セルフヒーリングをしているときに現れてきた過去世の記憶について、私の経験を書いてみたいと思います。
今回のお話しは、「アチューンメントを受けるとどうなるのか?」や、「セルフヒーリングのすすめ」にも関連してくるお話しなので、こちらの記事も、興味のある方は、ぜひ読んでいただければと思います。
私は一番最初に受けたアチューンメント「エンジェルライトイニシエーション」のエネルギーを使って、これまで毎晩のように自分自身にヒーリングを行ってきました。
セルフヒーリングをするようになって、どれくらい経過してから過去世の記憶がよみがえってきたのかは、正直あまり覚えていないのですが、過去世の記憶が夢に出てき始めて、それが全体的に癒やされてきたと感じるまで、2,3年くらいは時間がかかったように感じています。
はじめに過去世について言及されたのは、はじめてアチューンメントを受けたときに、セラピストさんに言われたことでした。
セラピストさんからは、私は目の見えない修道士で、教会でいじめられて嫌な思いをしながら、掃除などをその教会で行っていたみたいだと、言われたことを記憶しています。
それを聞いてから、私は自分の中でも風車みたいな映像が頭の中で浮かびあがったり、きっと場所はイギリスだったんだろうなと感じたり、確信はないものの、その過去世は本当にあったんだろうな、と感じました。
私は過去世が比較的多いタイプだとも、たしか言われたと思うのですが、それも自分の中で、なぜか確信というか、納得感がありました。
セルフヒーリングを始めてから、過去世が夢に出てきたり、何となく「これは過去世だ」と分かるようになったり、次第に感覚的に、自分の過去世を思い出していきました。
これも私自身の感覚なのですが、私の過去世は、キリスト教を信仰していた記憶が色濃く残っていて、だから私は日本の神様や仏様よりも、天使の方がなじみ深いのかな、と感じています。
(もちろん、日本の神様や仏様も好きなのですが。)
私は過去世を主に夢で見るタイプでしたが、起きているときに突然自分のものではない記憶がよぎった経験もあり、「これも過去世なんだろうな」と、何となく感じていました。
過去世として思い出した記憶はいくつかありますが、一番印象に残っていて癒やすのに時間がかかったのは、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品『最後の晩餐』にも出てくる、「裏切り者のユダ」の過去世です。
正直、この夢を見た日は、寝覚めがとても悪く、心が辛かったです。
何度も同じ夢を繰り返し見たのですが、ユダ目線の、とても切迫した夢でした。
イエス・キリストが汗だくになり、苦悶の表情で、ずるずると何か(重し?)を引きずりながら丘を登っていく風景、キリストが十字架の磔刑で苦しんでいるところを目撃し、心臓が止まるくらいショックを受けた感覚、大勢の群集をかき分けて必死に逃げて、3回キリストについて尋ねられ、3回とも「知らない」と言って逃げたときの切迫した感覚。ユダ自身も汗だくで、「自分のせいだ」と、大きなショックを受けていました。
この過去世の夢を見たのがもう数年前なので、記憶が少し曖昧な部分もありますが、見た当時は、とてもリアルに、そのときのユダの感覚をすべて感じる夢で、目覚めたときにとても驚いたし、自分自身も辛い気持ちになりました。
この夢を見て思ったことは、私の魂の過去世がそのままユダだったということではなく、ユダのこのショックな記憶がたくさんの魂に分散されて過去世として刻み込まれ、それぞれ記憶を持った人が、ユダの記憶を癒やす役目を持ってきたのではないか、ということです。
なぜこう思うのかというと、ユダの他に、アドルフ・ヒトラーの記憶も、私の夢に過去世として出てきたからです。
ユダのときと比べたら、ヒトラーの過去世が夢に出てきた回数はかなり少なく、比較的すんなりと癒やされたと感じています。
ヒトラーの夢を見たとき、歴史上の有名な人物が自分の過去世にこんなに出てくるものだろうか、という疑いの気持ちが出てきました。この2人は私の魂の記憶そのものであるという可能性も否定はできませんが、それよりも、私たちより過去に生きた人々の無残な記憶を癒やすことを担当する人が今世にたくさんいて、それぞれの人が記憶の断片を分担して持ち、辛い記憶の癒やしを担ってきたのかもしれないな、と感じています。
過去世のことは、誰にも証明ができないため、私のこの解釈が合っているかは不明ですが、少なくとも私は、自分の中の過去世の記憶すべてが、私の魂が輪廻転生を繰り返しているときに実際に経験したものというわけではなく、特に大きなショックを受けた人の過去の記憶は、今世生きている人たちが記憶を分担して癒やしを行っているんではないかなと、そう感じています。
ユダを筆頭に、比較的大きな過去世の傷の癒やしを進めると、今度は小さな傷の記憶がだんだんと夢に出てくるようになりました。
私の中の過去世の大半が、癒やされてきた気がする。
そう感じていた矢先、また私の心を揺さぶる深い記憶が、過去世として夢の中に現れてきました。
そしてその過去世の記憶の先に、スピリチュアル的に驚く出来事が、私を待っていました。
この先の体験については、また後ほど、別の記事で詳しく書いていこうと思っています。